"野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」"

SF作家の野尻抱介さんが昨秋から書いてる新連載、『野尻抱介の「ぱられる・シンギュラリティ」』。苦手な動画によるシリーズだとなぜか思いこんでいたので、まったく見ていなかったんだけど、文章だとわかったので一気に読んだ。

1回ずつがしっかりした体験に基づく科学エッセイになっており、アナログな遊び(といっても非常に高度な、大人が本気でやるようなもの。火起こしとかハンドランチグライダーとか狩猟とか手回し計算機とか)を素晴らしいイントロで紹介しつつ、それを通じて人類を考える野尻節が読める。オレの書くもので言うとバイオリンの話に近いけど、もっとだいぶ巧みなやつ。

野尻さんは何も勧めない。これをやるとこんなお得なことが、みたいなことはぜんぜん言わない。でも、自分が人類のこの部分を理解するにはこれが役に立ったと言って、手順を示してやって見せ、思考の経路が理解できるようにしてある。

オレには計算尺の回(第4回)が興味深かった。計算尺の操作がようやくわかってスッキリしたというのもあるし、ネイピアの話もよい。

計算尺とはこれまで縁がなく、操作を知らなかったのだけど、昔の科学エッセイなどには出てくるもので、出てくるたびに自分の無知に目をつぶる必要があって気になっていた。ようやく今回一応使えるようになったと思う。使えるようになったからと言って使うかといえば怪しいけど、アシモフ自伝で、このとき計算尺の基本を教えてくれていれば!、などと怒っていた記述の解像度は確実に上がった。

野尻さんのこうした「いまや受け継ぐ人の少ない伝統的なスキルをまじめに習得する」という姿勢は、それらが担っていたものを現代の我々に翻訳してくれる。現代人が現代の言葉と技術を使いつつ、古来の技術を現役で使い、現代人の価値感と言葉で書いた文章になっているからだ。

こういうものは知識体系の積み上げとして非常に正しいと思うが、ずいぶん稀だ。特に日本では他で見たことがない。

そしてその先に人類を洞察する部分が来るのだ。読み応えあるよ。

掲載サイトに目次がないので、各回へのリンクを張っておきます:

第1回 石と火とシンギュラリティ 
第2回 焼肉の連鎖とバズる人類 
第3回 狩猟採集民、シンギュラリティに向かう
第4回 未来をひらいたネイピアの魔術
第5回 宇宙は木片と歯車で作れるか
第6回 戦争にまつわる三つの引き出し