収納哲学の再考をうながすグリッドフィニティ

3Dプリンタで立体的なラベルを作ろうと思ってぐぐってるうちに見つけたこの動画。えらく興味深かった。*1

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これはグリッドフィニティ Gridfinity という3Dプリントモジュール式整理棚システム規格の発明と実装の紹介ビデオだ。我々が却下しそうな些細な思いつきに満ちたものに見えるのに、作者にとってはめちゃめちゃ狙い通りの効果が得られてる感じ、が、すごく変。吉行淳之介の表現を借りると、自分とは無関係の地平に見る見るうちに巨大なビルディングが建っていくかのよう。

グリッドフィニティのコンセプトは、

  • 42mm x 42mmのグリッドを単位としたフレームに
  • 42の倍数 x 42の倍数 x 高さ7の倍数mm の箱(bin)をはめる
  • 箱は中にいれるものをディスプレイするように設計

という規格を使うことで、

  • 道具は収納するための定位置があり
  • 使うときは収納場所から箱ごと持ってきて机のグリッドに嵌めることで整理した状態で使え
  • 片付けもチョー簡単

という状況を現出せしめるというもの。ADHDでも散らからない! めちゃめちゃ生産的になれてプロジェクトが爆速で進む! といっている。使うフレームや箱はすべて3Dプリントしてて、特別に買ってきたりするものはない(ツールチェストとか棚は必要だが)。

作者はFusion360でメチャメチャいろいろな箱を設計しまくり、プリントには40cm x 40cm x 45cmのプリントエリアと高速印刷能力を持つAnycubic Kobra Maxを使って作りまくってるらしい。設計用にはFusion用のGridfinityGeneratorというプラグインが作ってあり、基本的な箱はパラメータを入れるだけで爆速生成。自分の工具の専用箱を作る土台にするのも楽なようにできてるようだ。作った箱がマジで膨大。

ユーザーコミュニティも既に発達しててRedditでも見つかるし、ユーザーがシェアしあってる自作の箱は既に膨大なライブラリになっている。All3DPにも記事があって、なかなか説得力がある。

似たようなコンセプトのものはこれまでもたくさん出てるけど、ここまで徹底して実行し、整理しきったは初めて見たと思う。

一瞥したときの違和感は、売ってるものをわざわざ3Dプリンタで作ってるように見えるところにあった。しかしこれはそうではなく、作者が言ってることとやってることの整合は完全に取れてる。そこを納得したうえで、まだ違和感があるので考え続けたところ、どうやらこれはオレの収納意識の哲学的盲点に焦点を当ててるものだからではないか、と思いついた。

グリッドフィニティが追求してるのは、収納されてる工具や部品類へのアクセス性や片付けの確実性であり、それによる生産性の向上だという。スタックできても収納効率を追求しているわけではないし(それはスタックにより補償compensateされてるだけ)、ディスプレイしている目的は美観ではなくアクセス速度だ。最終的に着目しているものは時間効率だと思う。

これに対し、一般に日本における「片付け」は美観の追求のために行われる。作業効率の良い工房の配置とか、工場における生産性向上運動による最適化なんかの発想はあるけど例外的。根底にあるのは「すっきりすること」への執着だ。モノのない状態を作り出し、「空間に美を感じる」または「気を散らされない」を目指すのが日本的な美意識だろう。もちろん現代生活でモノがないなんてありえないので、次善の目標として空間の豊富さと便利さの共存を目指す。流行する片付けメソッドは使っていない一切を捨ててしまう「断捨離」であり、収納場所に求められるのは充填効率。収納されてるべきものが表に出ているスタイルを見たときに「見せる収納」と理解するのはこの価値観の発露だと思う。

ただし、日本でもクリエイティブ系の人間はちょっと毛色が違い、美観を諦めてガラクタを溜め込みがちである。たとえばオレは「スッキリ」には相当な不信感を持って育ってきたし、反発心から「そうではない発想」でどうにかならないか足掻いてきた。「ジャンクの山がなければ作りたいものを作りたいときに作れない」とか、「読んだ本を手放すと二度とアクセスしなくなるから手放してはいけない」などの方針を採用し続けた結果、どうにか使える程度には整理されてるけど基本的には溜め込みがひどすぎて破綻、という普通の汚部屋の境地に達してしまっている。これは思いついたときに思いついたモノが手元に無いことを恐れてのことで、時間効率の追求をしていたはずが空間効率の追求に地道を上げた例だ。

動画を見てオレが感じたのは、グリッドフィニティとスッキリ収納と汚部屋はそれぞれが正反対のベクトルを向いてるみたい、ということだ。グリッドフィニティとスッキリ収納、スッキリ収納と汚部屋、汚部屋とグリッドフィニティのそれぞれが正反対を向いてるように感じるのだ。これはこの3つの方法が1つの軸には並んでいないということである。

グリッドフィニティで整理してあると、道具が全部可視化されててなかなか心地よいんだけど、これは美観方向への追求ではまったくない。スタック可能な設計だから収納はそこそこ高効率ではあるのだけど、ぐしゃっとひとまとめに入れておくよりは確実に悪い。美観も空間効率も追求しないで何を追求してるかと言うと、時間効率だ。可視化、可用性、確実性に注力することにより、これをめちゃめちゃに良くしてある。

汚部屋は収納効率は最高だが美観が最悪で、時間効率はランダムだ。溜め込んだものは空間的には自分の近くに存在するかもしれないが、時間的にはけっこう遠いところにある。見つからないネジは買ったほうが速い。こうしてさらにモノが増える。いつかはアクセスできるはずのモノには永遠にアクセスすることがない。それでもクリティカルに重要なものへのアクセスは高速なことが多く、家にこもりっきりで生産できる快感がある。

スッキリ収納は美観において最高だが、収納効率は高いとは言えず、時間効率も良くない。なにしろそこには何も存在しないので、必要なものは必ず外の世界から導入する必要がある。確かに存在しないと確信できるため、汚部屋に存在するものよりは高速にアクセスできることも多いが、入手にはさまざまな障害が存在しうる。工具なんかは高価なことも多く、同じものを何度も入手するわけにはいかない。

グリッドフィニティの時間効率は自分にとって新しい価値観の次元の導入である。空間効率を下げる代わりに美観を得る価値観をオレは採用してこなかったわけだけど、グリッドフィニティで空間効率を下げることで追求しているのは時間である。この発想を、オレはほぼほぼ持ってなかったと思うのだ。

空間効率と時間効率にトレードオフがあることは、気付いてしまえば明らかだ。しかしオレは大昔に読んだ地方移転した会社の話から一応の常識として知ってはいたものの、この動画を見るまで本当には解っていなかった。というか、生活の収納に適用する発想がなかった。まずはこうした時間効率に徹底的に傾斜配分したシステムを見ない限り、それは漠然とした感覚で制御されてて言語化されないものなんだと思う。自分の生活実感から、

  • 探す時間が一番無駄
  • フローとストックを分けよう

みたいなマントラは唱えていたけど、それがこのトレードオフを動かすものとは意識していなかった。しかしここにはトレードオフが確かに存在する!

…『料理の四面体』という玉村豊男出世作がある。味と調理法に4つの方向性が存在し、それらを正四面体の各頂点と考えると、世界中の様々な料理がこの四面体の中の移動で説明できる、みたいなコンセプトの本だった。

これと同じように、1次元的に対極に立つように見える汚部屋、スッキリ収納、グリッドフィニティ的収納には空間的な関係があり、時間効率追求という価値観を知ることで、何面体だかよくわからないこの図形の中をいくらか動き回ることができるようになった…というのが今回実感したところである。

生物とは欠乏に強く過剰に弱いものであり、だからわれわれは食べ過ぎるし物を溜め込んでしまうものだが、これらはよく生きるには有害だ。それはわかっているのだが、なんだか囚われていたのがこれまでである。今後は発想の地平が広がり、詰め込みすぎないで済むようになる気がする。

さっそく作業場の場所ふさぎだった壊れたプリンタを家の裏に持っていき(粗大ごみ申請が面倒で壊れたレンジなんかも積んである)、詰め込みすぎだったビット袋(ドリルビット収納用だったところにドライバービットを入れたのがきっかけで、いま見たら六角レンチやねじ切りタップまで入ってた)を中身ごとに分割した。しかし部屋の景色はそれほど変わっていない。先は長そうだ…。

グリッドフィニティをそのまま採用するのは(スペースの過小さと作業量の膨大さにより)無理なので、「グリッドフィニティを使わないで時間効率を追求する」という無理ゲーを始めちゃってる感じがする。これはこれで限界があるし、いっそ採用してしまったほうがいいのかもしれない。ココロが千々に乱れますね。

*1:ちなみにラベルメーカーの方はText2STLを見つけて使ってる