造礁サンゴ類は温かい貧栄養の浅海に生息する。
貧栄養で透明度が高いこと、海が浅いことは、どちらも共生する褐虫藻の光合成に強い光が必要だからだ。特に、造礁サンゴ類を特徴づける造礁性には、すなわち死んで分解されるより高速に石灰を蓄積し、比較的短期に地形を変えるほどの生物生産を行うには、非常に強い光が必要だ。伊豆などには沖縄と共通のイシサンゴ類がある程度分布し、チョウチョウウオなどの魚類にもかなりの共通性が見られ、景色はまるで沖縄のようだが、サンゴ礁は形成されない。
温かい、は水温が18℃以下に下がらないことだが、至適温度はもっと狭くて25〜28℃と言われている。また、温かいのが条件といっても30℃が上限で、30℃を超えると白化が始まる。
サンゴそのものは腔腸動物であり、体のほとんどが水。腔腸動物は熱帯から極地まで広く世界中に分布し、あまり温度を気にするとは思えない。おそらく温度条件の方も褐虫藻の制約である。
さて、世界のサンゴ礁海域は、昨年、今年と夏の海面水温が軒並み30℃を超えた。そして台風がほとんど来なかった今年の沖縄では30℃を超える期間が非常に長くなった。気象庁の日別海面水温データを見てほしい。
梅雨明け後に初めて30℃を超えた7月4日以後、沖縄近海の海面水温はときおり通る近くの台風によって下がることこそあるものの、9月10日を過ぎるまで約2ヶ月間、ほとんどの日で30℃以上となっていた。しかもこれは外洋の海面水温であり、リーフの内側に溜まった水の温度は日中さらに上がる。通常は潮の満干で外海の水が入ることで冷やされるのだが、この入ってくる水が30℃。これが今年の沖縄だったわけだ。
この高水温によるサンゴの白化はすさまじく、健全だったリーフが非常に広範囲に白化し、全体が白くなったために岸からも容易に観察できるようになった。有名なダイビングポイントの多くも白化に見舞われ、各地でダイバーの悲鳴が上がった。以前に著しい白化が見られた1998年や2007年も、ここまでは白くならなかったように思う。生き残ってるのは比較的深いところの個体だが、これは浅いところに比べて生物量が非常に小さくなり、バリエーションも小さい。総体として沖縄のサンゴの生物量がどれほど減少したか、ちょっと見当がつかないほどだ。
1998年や2007年と2024年の違いは、温暖化の進行度である。
昨年は世界の年平均気温が産業革命以前に比べて既に1.5℃以上高かったと言われる(パリ協定の長期目標が1.5℃であり、恒常的にこれを超えるのは現在の対策の破綻を意味する)が、2010年以前は1℃以下の上昇にとどまっていた。
ここで思うのが、温暖化は造礁サンゴの生育を強く妨げる条件を形成しつつあるのではないか、ということだ。
昨年今年と続いた夏の暑さはおそらく来年以後も続く。これはこの温暖化が太陽活動の周期的な変化ではなく、温室効果ガスが地球からの赤外線放射を妨げることで起きているからだ。太陽からのエネルギー量は変わらないのに平衡点が変わり、気温が上がる。地球温暖化とは太陽活動の周期性とは独立に平年気温だけが動いていく現象である。
こうした条件では、従来の造礁サンゴの生息域は生育に適さなくなる上に、分布が北に移動することが期待できない。なぜならサンゴが生育する条件を形成するのは第一に輻射エネルギー量であり、富栄養で暗い北の海での生育条件はほとんど良くなっていないからだ。
おそらく至適温度に近づく地域では多少活発になる個体群もあるはずだ。サンゴ全体としては分布が少し高緯度側に寄り、地方によっては多少の拡大も観察されるだろう。しかし、それだけだ。質的にも量的にも、減少分よりはるかに小さな増加にとどまるだろう。移動できずに絶滅する種は相当な数に上るだろう。
広く歴史的に捉えてみれば、産業革命以後、世界のサンゴ類は半分以下になっているという。今後はさらに足を早め、きわめて多くの造礁サンゴ類が地球から姿を消していく。現在の温暖化速度を鑑みれば、これは既定路線だ。
海に潜る機会があれば、潜っておいたほうがいい。それもできるだけ早く。
いまある珊瑚礁の景色は、いましか見られないものかもしれないから。