高須正和さんの主催する「ニコ技シンセン深圳観察会」に行って来ました。
この会は深センのMaker支援企業Seeed Studioの協力を得て、バスを借りきって勃興する中国のMakerムーブメントの現状を実際に見て、その文脈や影響その他を理解するツアーです。
第一回は昨年8月に、第二回は12月におこなわれ、特に初回は野尻抱介さんや山形浩生さんも参加されて素晴らしいレポートを残されていますが、自分が知ったときには切れたパスポートの取得がどうしても間に合わずに参加できないタイミングだったため涙をのんだといういわくがあります。
第一回に参加できなかったのがあまりに悔しくて第二回には行きませんでしたが、今回三回目のツアーをMaker Faire Shenzhenにタイミングを合わせて開催するというお知らせがあったので、やはり行くべきだと思い一週間ほど中国を訪れました。
一番いいスコップをくれ - Seeed Studio
ツアーの最初はSeeed Studio。まずは本社におけるビジョンやビジネスの解説です。ここは深センメイカーフェアを勝手に主催し続けてきた(今年は政府予算が入るので深センのハッカースペースが主催となった)という実績が指すとおり、何かを作りたい人をサポートすることをなりわいとする会社です。
本社は数カ月前に引っ越してきたという、ソフトウェア産業センターのビルの1フロアを占める非常に現代的なオフィスです。
オフィスの後、旧オフィス兼工場も見学しましたが、こちらも興味深いものでした。
この会社の(社長のEric Panの)考えるビジョンは、Makerビジネスのサポートであるようです。そのことはプレゼンテーションのスライドにある”メイカービジネスピラミッド”という表現にあらわれているようにおもいます。
人数にしても作り出すモノの個数にしても、「漠然と作りたいと思うこと」から「大量生産のビジネス」までの間には、指数関数的な数の違いがあります。そして0.1個(プロトタイプ)を作る段階からサポートする何かを、たとえばArduinoに携帯電話の通信機能を組み込んだボードなどを作ることにより、この会社では提供しようとしているわけです。100個作る人なら基板製造のサービスが使えるでしょうし、1000個作るなら生産や販売もしてくれるし、さらにたくさん量産するなら周囲の工場を紹介してくれもします。
このようなサポートを受けられれば、試作と改良、販売とバージョンアップは個人でも非常に楽なものになります。自分の作ったものをビジネスにしたいなら、部品の大量供給から組み立て、箱の印刷までのサプライチェーンの揃った深センを使えば、恐ろしいほど製品開発速度が上げられるし、そうした高速プロトタイピングをサポートする体制を、ここでは提供しているわけです。
ただ思うに、この会社の特異な点は、そうしたビジネスのサポートプラットフォームを拡充していくうちに、自分のためだけに作っている人をサポートするシステムも作り上げてしまっているところです。
それはどういうことかというと、たとえばわれわれは自分で適当に組んだ回路をKiCadなどの基板CADでプリント基板に起こして中国に発注するということをやる際、部品ライブラリデータに困ることがよくあります。555タイマICからトランジスタ1個、抵抗1本にしても部品の外形にはバリエーションがいろいろあり、どのデータを使うのが適切なのかよくわからなかったりするので、わざわざ自分で起こすこともよくあるほどです。
ところがこの会社ではオープンパーツライブラリと称し、よく使われる数万種類の部品について工場に常時在庫でストックした上で、それらの部品ライブラリファイルを提供しています。少量生産に特化した工場を持っているので、線幅などの設定ファイルも出してますし、実装を含めてお願いすることもできます。
それだけでなく、筐体の選定を助けてもらったり、最終製品の販売の依頼まで可能です。ワンストップでお願いしなければいけないわけでもなく、必要な支援だけを受けることができます。
中国では納入された部品が信用できないこともよくあるようですが(後に訪問したJENESISでは「付き合いの長いところで2割」と聞きました)、実際に量産してテストするところまでやってくれるので、こういったことも心配する必要がありません。
自分のために作っている人は成果物の完成度を上げて販売することにそれほど興味がないことが多いし、本業ではないビジネスに時間や注意力を割いていられない人も少なくありません。
それでもプリント基板に起こすのは「製作が簡単になるから」「きれいになるから」「その方が結局安くつくから」です。
これらはすなわち、きちんと設計しておこなう量産のメリットでもあるわけですが、数が必要でない場合にはしばしば
最初にかける手間 > 1個手作りする手間
となり、特に「楽」にはならないわけです。ところがこの全行程を安く楽にやれる環境が作られてしまった。自分も何か量産して売ってみる方が楽しいのではないか、と思わされるものがあります。1000個くらいなら邪魔にもなりません。
実際ツアーに参加していた中には、4日ほど前に発注した基板の受け取り方法に「工場受け取り」を選び、ツアーのときに受け取って、見せてくれた方もいました。凝った形にカットされ、オリジナルのロゴを入れ込んだ小さな変換基板が20個。
これで約1000円とのこと。桁が違います。
ロゴなどは手持ちのファイルを使い、設計にかかった時間は10分くらいですよ、とのこと。これは…オレも作るしか無いぞ?! という雰囲気が流れました。表面実装用のステンシルも1000円くらいといいます。
深センでの製造業は、実はピークを過ぎました。賃金はどんどん上がり、きれいなマンションが立ち並び、70〜80平米ほどの分譲で7千万から8千万、ちょっと広いと1億円を超えるとのこと。東京なみです。工場はどんどん賃金の安い奥地や外国に流れています。
しかし強烈なサプライチェーンはまだ生きており、30年で数万人から1500万人まで増えた人口から生まれる知的集積も存在しています。深セン政府はそれらを活かしてMaker起業支援で食ってやろうと腹を決めました。メイカーフェア深センが市のメイカーウィークの一部になったのはその流れを受けてのことですし、新しいMaker支援インキュベータ団地も建設中です。エリック・パンはこうしたビジョンの提供者であり、政策の中心にいると言っても良いでしょう。
ゴールドラッシュで一番儲かったのは"mining the miners(鉱夫を採掘する)"をやった人たち、つまり金掘りたちにスコップや缶詰やジーンズや交通手段や金融的なサポートを売った人たちだといいます(詳しくは野口悠紀雄『アメリカ型成功者の物語―ゴールドラッシュとシリコンバレー 』などを参照。おもしろいです)。
支援を受けて集まってくるハードウェアスタートアップたちは、いわばゴールドラッシュの鉱夫たちであり、Seeedは彼らに「スコップを売る」商売をする気まんまんです。同業他社が居ないうちから全速力で走ってきて、すでにこれだけの支援体制を作り上げています。
深センのメリットを活かして本気でハードウェアスタートアップをやりたいなら、現地に住む必要はあるでしょう。数日で実装までしてもらい、実際に使ってみる、世の中に出してみる、そのフィードバックを受けてすぐに改良する、といったループを最高速度で回すならそれが必要です。
しかしそのために作られたサポート体制を、われわれは日本に居ながらにして、ぬるま湯につかりながら楽しく受けることができます。自分で起業する人もしない人も、Makerであればこのメリットを享受できます。使わない手はないでしょう。
自分もここ数年で作った中で一番気に入っている自動消灯読書灯を1000個ほど生産しようかなと思ってます。あとSeeedの株買いたい。