「デフォルトを自分で作る」という哲学

さいきんはまた3Dプリンタで遊んでいます。安定してて安いと評判の1万5千円の半完成機を購入したからです。フィギュアみたいなのを作る方向ではなく、ちょっとした生活の部品をFusion 360で適当に設計してプリントするのが主な用途です。一番多いのは3Dプリンタの部品や治具のプリントで、つまり3Dプリンタをいじること自体が目的化しているようなところがあります。

そうやっていじっているうちに、不満点を改善しようとして安定していたプリンタの調子を崩して苦労したこと、また、同時期に3Dプリンタを買い替えた石川大樹さんがFabcrossに書いた記事『4万円台のFFF方式3Dプリンター「X-Maker」のコスパがヤバかったので自慢させてください』を読んだことで考えたことをここでは書きます。

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3Dプリンタで遊んでいると、上記の石川さんの記事のように「とにかく簡単で楽チンな3Dプリンタが欲しい」と思うことがあります。

と同時に、「いま持っているこの機械のポテンシャルをもっと引き出すために出来ることがある」と思うのも自然なことです。

これらはともに、現代のオープンソース由来の3Dプリンタが、もともと汎用部品の寄せ集めで作られるのを意図していることから来ています。つまり、変えられるパラメータがたくさんあるので、製品に結実した妥協の数々が全部見えてしまうこと、その選択肢の多さにユーザーが疲れてしまう傾向があることです。

われわれ半完成機のユーザーは、制御基板や電源からステッピングモーターやエクストルーダー、ノズルに至るまで、各構成要素に「交換可能なもっと良いもの」が存在していることに気付きがちです。アップグレードパスは無数に存在しています。

だから整備に部品交換をともなえば、ついつい「もうちょっと良いもの」を付けたくなってしまいます。

しかしその結果として、全体のバランスが変わってしまい、前と同じ設定で前と同じようにプリントすることはできなくなっていきます。

それどころか、同じ規格の部品を付けたはずなのに同じ結果が得られないことも間々あります。これは部品の品質がまちまちで、同じ規格だからといって同じように動作するとは限らないからです。

上記の記事のX-Makerや、定番機のAdventurer3のような「完成品」の3Dプリンタには、こういうことがありません、というか、ないということにしてあります。

これらはデフォルトの設定でそのままプリントすれば、かならずある程度の品質で出力品が得られ、構成部品も専用品。故障や整備の際はメーカーから買ってきた新しい部品に交換するだけです。

でも、これらの製品が本当に「3Dプリンタ的な不安定さ」を持っていないかといえば、そんなことはありません。テクダイヤチャレンジのノズルを付けたり、筐体の通風を制御するといった「ごく普通に思いつくこと」を試すだけで、製造者の作った条件からは少しずつ外れていく。

安い半完成プリンタにしても、最近の機種であれば設計目標とデフォルト状態が存在しています。昔よくあった「必要な部品をまとめて安く売っておくから後は自分で何とかしてね」的な機械はもう生き残っていません。

いわゆる完成機とは、ユーザーが「元に戻すことができる」「戻れる状態が存在してる」「それに満足することにしている」と思っている機械のことにすぎないのです。

そしてメーカーが定めたデフォルト設定とは、物理的必然によって定まるものではなく、検証手順を踏むことで定めるものにすぎません。つまり、我々もそれを定めることができるわけです。

検証すべきパラメータはそこそこあります。温度、湿度、電源品質といった環境要因については制御が難しいものもあります。しかしそれらも固定することはできますし、少なくとも自分の設定同士を比較することならいつでも可能です。

そして、ある特定の要素を交換した時に検証すべきパラメータは、それほど多くはありません。たとえばあるブランドのフィラメント製品を買ってみた、というときに検証すべきことは:

  • ある範囲の温度でのプリントの具合
  • バランスの良い温度でのプリント速度やリトラクションの値

くらいのものでしょう。

温度の範囲を見る際、たとえば「積層がきれいな温度範囲」と「糸引きの少ない温度範囲」は別のパラメータですが、これらはtemptowerを作ってみれば一度に可視化することができます。

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影響の多いパラメータについては、このように定番の検証方法が存在していることが多いです。

ところが、こうした部分部分を個々に検証しても、その結果を決まった形で記録しなければ、感覚的な判断の材料にしかなりません。そうすると、たとえば3ヶ月後の自分が使える判断材料にはなりません。「パラメータが同変更されたか」と「それがどんな結果をもたらしたか」を同時に記録しておくことが大事です。

つまるところ、「記録すること」と「定めること」を自分で引き受ければ、自分のプリンタの「戻すべきデフォルト状態」は自分で作ることができます。必要なことを突き詰めてみると、けっきょく記録というものを意識するかどうかだけではないでしょうか。

実践→記録→考察のサイクルが回れば、それはおおむねサイエンスです(あとはピアレビュー)。

3ヶ月後の自分が戻ってこられるように、ぜひ記録をつけて検証しましょう。

…というわけで実践編に続きます。