バアーシイ海峡

当地沖縄は、感染が高レベルで推移しやすい自治体の中では、おそらく全国トップレベルの対策をやってます。沖縄は人口あたりの急性期病床数が常に不足するという医療事情がありながら、春に大阪・神戸より高いレベルの流行があっても、今回のようにインドのピークを超えるレベルの波にさらされても、おそらく超過死亡はほとんど増えてない。

しかし、今回の流行は毎日の新規陽性者数が本当に減らない。

発病から新規感染者として確定されるまでの日数はだいたい決まってて、これは県の毎日公表するCSVファイルを追っていくことでわかります。この日数に感染から発病までの平均日数を加えると、「この日の数字が何日の感染によるものか」というのが大まかに推定できます。

これを使って、昨年春からの各流行における新規陽性者数が減少に転じるタイミングを推測してみると、たとえば「流行の立ち上がりから二週間目」のようなファクターは特定できません。感染者の出方は地域によってぜんぜん違ってて、いつまでも増え続ける場所もあれば、さっと鎮火する場所もある。

オレが見てて唯一それらしく思ってる減少ファクターは、「ショッキングな感染者数が報道された翌日から」というもの。これは非常に人間的な要素で、要するに、びっくりして行動を変える人が増えるとピークを付け、減少に転じてもしばらくは数字には出ないのでブレーキが掛かり続け、それによって流行が終息してたように見える。

ところが、今回の流行では、たとえば「いきなり300人超え」が報道されても、「これまでの最多感染者数」が報道されても、まったく減らない。いちおう、下に凸なカーブが上に凸なカーブになり、その傾きもだんだん寝て、倍加時間は少しずつ伸びているではあります。でも、それだけ。週あたり2.5倍だったのが2倍になり、昨日の572人で週に1.5倍、今日の548人で1.25倍弱まで減速してるだけです。

減速はしても減少はしていないということは、毎日たくさんの人が感染しつづけている、ということです。

沖縄の対策は、コロナ対応病棟の増え方も、在宅医療体制の構築についても、「対処可能人数が掛け算で増えていく」に近くて、これまでの流行にはなんとか対応できてきました。しかし、掛け算は足し算よりは強力であるにしても、本寸法の指数関数には絶対に勝てません。

沖縄ですらこの状況なのに、これまで感染数の少なかった普通の自治体で病床を掛け算のように増やしていくのはまったく無理で、東京などでも足し算的にしか増えない現状があります。

ここで国が補償金を出しまくったり、強いメッセージを出したり、ワクチンを傾斜配分したり、できることは何でもやって医療崩壊を防ぐぞ、死者を増やさないぞ、といった態度を「まったく」示さないのはどういうことかと思います。

指数関数といっても限界があって、たとえば感染者の上限としては(人口-ワクチン接種者数-既感染者数)があるではあります。

でも、それに寄りかかって対策を怠れば完全な失敗が待ってます。ワクチンはまだ過半数にすら行き渡っておらず、集団免疫的な感染抑制の決めてにはなりえない。短期的には他の方法を取るしかないのに、自民党首脳部はワクチンに気を取られて高をくくっているところがある。

政府がこうした数字の皮算用でだいたい分かったような気になって、本気の何が何でもの対策を怠るというのは、『虜人日記』にある「『バアーシイ海峡の輸送は三割比島に付けば成功ですよ』という軍首脳」の言いぶりと本質的に同じです。

これはフィリピン防衛のための輸送の際に、武器も食料も持たない兵員を満載した輸送船を送り出し、台湾とフィリピンの間の海域(バシー海峡)でアメリカ潜水艦に沈められ続けた失敗を言ってます。海に沈むことを見込まれて送り出される「七割の者にとってはたまったものではない」。

その恐ろしさを体験した山本七平は、『虜人日記』をフィーチャーした著書『日本はなぜ敗れるのか ---敗因21ヶ条』で次のように書いています。

そして「危機の叫び」と「あやし」のバランスで成り立つ「虚構の子守唄」は、本当の危機すなわち「脱出路」の入口まで、各人を眠らしている。そして整々と脱出路まで導かれた者が、ある状況を目にした瞬間、一切は虚構で、現実にはすべてがすでに終っており、自分たちはただ “ 精算されるために ” そこにいるにすぎないことを知り、冷水をあびせられたように慄然とする。それがバシー海峡であった。

緊急事態といいながら、なりふり構わないほどの対策はまったく施さない、指図だけして頭を引っ込め、嵐をすぎるのを待つ閣僚たち。

粛々と死のベルトコンベアーに乗せられる列に並びながら子守唄を聞きまどろみ、状況に突如気づいて慄然とする庶民たち。

これ、いつまで続けるんですかね。自分と共通の戦略目標を持ってないことが明らかな「われわれの代表」を、あなたはいつまで国会に送り続けるんでしょうか。

 

 

虜人日記 (ちくま学芸文庫)

日本はなぜ敗れるのか 敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)