ウィルスこわい(進化生物学的に)

COVID-19の恐ろしさにはいろんな要素があるんだけど、進化生物学者から見て非常にデカいものの1つは、「感染を主に発症前後の数日間に起こすため、症状の重さが選択的に中立に近い」です。

つまりこのウィルスは、感染症の常識的進化パターンといわれる「感染力が上がりながら症状が軽くなっていく」に合致しにくいと思われるのだ。

通常の感染症の病原体が、感染力を上げながら症状が和らいでいく(弱毒化する)のは、症状が軽くなることが、感染力の増大につながるからだ。

感染力は「一人の感染者が感染させる人数の平均値」である。つまりこれは、感染様態やウィルス量だけでなく、感染期間の長さと感染者の行動によっても規定されている数字だ。症状が軽くなることで病原体を排出する感染者が動き回れるようになり、病原体を撒き散らすことが「感染性の高さ」の一部になっているわけだ。

どんな形であれ「感染力が強い株」は広まる。

つまり、本質的には感染力が強くなることだけが自然選択にかかる形質であり、症状が軽いことは、この感染力を強める間接的なパラメータ(行動できる感染者数やその元気さ)でしかない。「症状が軽くなる」は、本質的な自然選択形質ではないのだ。

それではなぜCOVID-19は弱毒化しないのだろう。

COVID-19の場合、無症状の期間に4割、発症後に6割の感染が起きるとされているのに対し、重症化は発症後1週間あたりから起きる。これは重症化がウィルス単独の作用ではなく、免疫系の暴走に伴って起きることだからだ。

重症化や死亡が起きるときには感染させるイベントは終わってるから、ウィルスにとっては、重症化はべつにぜんぜん必須なものではない。彼らに悪意はない。

しかし通常の感染症のように、「重症化させる」という性質が短期間に淘汰され、「感染力が上がりながら症状が軽くなっていく」が起きるためには、「重症化させないことによってより速く広がる変異株」が従来株に勝利する必要がある。

ところが、COVID-19にはそんな変異株は存在しない。なぜなら「重症化させないことで速く広がる」ようにはなってないからだ。これが上の「症状の重さが選択的に中立に近い」の意味である。

中立化するなら減るんじゃないの? と思う方もいるかもしれない。みなさんの常識には、自然選択的に中立になった機能は衰えていくものだ、というのがあるだろうから。たとえば洞窟で世代を重ねた生物が白くなるのは、カモフラージュに効いていた色素を発現させる酵素チェーンの一部が壊れて色を失うからである、という説明を知っているのではないか。

しかし、洞窟で色を失う突然変異が保存されるのは、突然変異が起きた個体が起きいてない個体に比べて生存上不利になることがないからにすぎない。色素を失ったほうが有利ということも普通はなく、色素持ちと色素なしのどちらの遺伝子の方が優占的になるかは、ほとんど偶然による。

洞窟の生物たちが時間の経過により必ず色素を失うように見えるのは、個体群規模がきわめて小さいために、優占的な遺伝子がコロコロ変わりやすいこと(「サイコロを振ったらすべて1だった」の期待値は、振ったサイコロが3個なら1/216だが、1個なら1/6だ)、そして一度の突然変異で広まらなくても、何度でも広まるチャンスがあるということがあるためだ。

SARS-COV-2ウィルスには、これは当てはまらない。

まずこのウィルスはコピー数が多い。感染者一人の持つウィルス数だけを取っても、すでに洞窟生物群集全体よりはるかに(たぶん何桁も)大規模である。このため突然変異(コピーミス)が起きたとしても広がりにくいのだ。そして個体の中で広がった突然変異は次の感染者に伝えられなければならない。そうでなければ患者の治癒をもって消滅する。この伝達の機会が感染初期に限られていることから、COVID-19の変異株の発生する確率は非常に低い。

  • 感染のごく初期に発生し
  • 他への感染が成立した

突然変異のみが保存されうる。

そしてこの突然変異が世界のCOVID-19個体群全体に広まるには、感染性が強い必要がある。進化的に中立な性質など広まる余地がないのだ。

COVID-19の重症化が進化的に中立であるということを、イコール、洞窟生物の色素のように衰えやすい性質である、と考えることが適切ではないのはこのためである。

実際に、地理的な壁を超えて世界中に広まることができている変異株はもれなく「より強い感染力」を持っている。元々のSARS-COV-2は基本再生算数R0が2.5と言われていたが、アルファ株のR0は3.75、デルタ株に至っては5程度だという。

そしてこれまでの常識に反し、アルファ株もデルタ株も以前の株より重症化しやすくなっている。デルタ株に至っては、アルファ株の2倍程度の入院リスクだという。

この2つが同時に起きることは「ウィルス量の増大」で説明がつくのだ。何の矛盾もない。COVID-19に関しては、弱毒化は必然ではない、ということだ。

いまのところ、感染症学者含め、みんなこれまでのウィルスと同様に考えているように見える。「いずれはウィルスも大人しくなり集団免疫も成立して『普通の風邪』になる」と思っているようだ。

しかし、このような機序で進化するウィルスの場合、「感染性とともに重症化率が上がっていく」という恐ろしいシナリオも考える必要があると思う。この場合の対策は? ワクチンが打てない人をどうやって守るの? ワクチンはいつまで効くの? 病棟は? もしやどんどん足りなくなるの?

みなさんどう思いますか。