オミクロン株でよくわかる米軍基地問題

沖繩でオミクロン株ダダ漏れ。ついに米軍から!

一人の行動が槍玉に挙げられてる東京とは桁が2つばかり違うぜ。

それでももちろん、米軍は平常運転です:

www.okinawatimes.co.jp

"県内で初めて新型コロナウイルスのオミクロン株の感染が確認された17日、感染した基地従業員が働く金武町のキャンプ・ハンセンのゲート前では米軍関係者が基地外を出歩く姿が見られた。米国から同基地に到着した隊員99人の感染も確認され、住民や基地従業員からは感染対策の徹底を求める声が上がった。

 17日夜、同基地のメインゲートは車や米軍関係者が行き交った。近くにある社交街ではバーやクラブの音楽が響き、基地の外に出た米軍関係者が飲食をして盛り上がっていた。

 米軍属の50代男性は「クラスターの情報は米軍関係者で共有されているが若い米兵は基地外でマスクもしない。正直コントロールできていない」と明かした。

 町内の80代の男性は「感染者がこれだけ出ても、いつも通りの光景。感染者が確認された部隊だけでなく、米軍全体で隔離やマスク着用などの対策を徹底してほしい」と憤る。"

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感染者が出ても米兵はめっちゃ街に繰り出してるし、マスクもしていないという話。

実際どうなのかといえば、現象としてはたぶん完全にこの通りで、これは米軍の平常運転です。オレが自分で金武に行って確かめたわけじゃないけど、まず間違いのない話で、むしろ、さもありなん、という感じ。

えーっ!? と思った人もいるかもしれませんが…。

こういうのこそ、基地問題における「文化の違いの押し付け」というやつですよ。

米軍はワクチン接種率も高いし、基本的に検査でOKの人しか基地の外には出てきていないはず。検査でOKでお休みであれば、外に出る権利があるから、それを「自粛」とか普通はしないです。また、彼らは自分が安全だとわかっていたらマスクを拒否します。だって自分は感染してないし、基地の外も安全なんでしょ? なんでこんな気持ち悪いものを付けなきゃいけないの…? ということ。

米兵には米兵の論理があるし、自分の感染対策は十分だと思っており、実際高い蓋然性で安全なわけです。でもそれは地元の論理とは大きなずれがある上に、COVID-19では人間の感覚が当てにならず、確率的に漏れて実害が出がち。「事故」は起きる。

人間だから、自分らの感覚で万全にやった対策で漏れたときは「しかたがなかった」と思い、押し付けられた論理で漏れたら「いわんこっちゃない」と思うもの。

たとえそれが、実験的に比較したわけではない主観的な違いだとしても、結果がダメなら「あいつらは本来的にダメだ」と思うわけです。

基地を容認してほしいと願う保守派の政治家や馬鹿なネトウヨの人たちは、文化の違いを楽しめとか簡単にいうんだけど、まあ、このレベルのギャップが細かく延々と続くことに耐えられる人はそんなに居ないんですよ。ひとつひとつは小さいんだけど、どこまで行っても出てきて、わりとキリがないもので。

違いを楽しめる人は楽しむのが良いし、混ざるのも楽しいもんです。オレはぜんぜん楽しい方だったりもする。

けど、そういう楽しさって自分が異邦人のときに自覚的にやるから発生するもので、無防備に生活してるところに持ってこられると、けっこう削られる場合もあります。留学生をたくさん預かるとだいたい慣れるけど、難しいことも多いです。

望まれない隣人を望んでない人たちに押し付けて、

「ギャップを楽しめ」とか
「米軍と共存してるメリットを活かせ」

とか言ったって、

「何様だよ」

という反応しか返ってこないのは、まあ、当然だと思うんだよね。

(オレみたいな混乱大好きのちょっとおかしなコスモポリタンではなく)ごく普通の人たちが普通の生活を営んでいる場所に、ぜんぜん違った文化の若者がドバッと大量に注ぎこまれ、ろくにコントロールされずに勝手に振る舞う。

コントロールしろと言ったら、できてる、と返ってくる。事故が起きてもろくに補償もしない。犯罪者が出ても組織的に隠されて、犯人は本国に帰っちゃって何も償わない。

どうすかこれ。全体的に「我が物顔に勝手にのさばってる」感じでしょ。

基地問題、ずーっとこれです。

でもこれ、「文化の違い」なんです。

押し付けるもんじゃない、というの、わかっていただけるんじゃないでしょうか。