カーブを平たくするんじゃない、やめろ!

以下はJoscha Bach氏の"Don’t “Flatten the Curve,” stop it!"の全訳である。著者への翻訳許可は申請中である。

これはたいへん説得力のある議論だ。ピークカット戦略は定性的にしか語られておらず、定量的に検討すれば実は非常に危険である、という話。

オレもピークカットしか無いだろうと思ってきたんだけど、この話に大きな穴を見つけることができない。より詳しい方に検討していただきたい。

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カーブを平たくするんじゃない、やめろ! 

Joscha Bach

COVID-19の患者負荷について、以下のようなグラフの様々なバージョンを見てきたことだろう:

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他にもたくさんあった。これらのグラフには共通点がある:

  1. 軸に数字がない。どのくらいの患者があると医療システムがあふれるのか、また流行がどのくらいの期間続くのかについて、判るようにはなってない。
  2. 現在の医療システムでも患者の相当な割合(2/3、1/2、1/3など)に対処できるが、緩和策を取ることで、1日あたりの感染数を対処可能なレベルに引き下げることができる、と思わせるようになっている。
  3. 現在中国やイタリアで見られるような厳重な封鎖なしに切り抜けられる、そんなことはしなくても、(感染が40%から70%に広がることで)集団免疫を獲得するまで長期に引き伸ばしつつ、個体群全体に広がるままにすればよいと言おうとしている。

このカーブは嘘である

これらの示唆は危険なほど間違っており、実行した場合には信じられないほどの苦痛と困難につながる。軸に数字を置いていき、これを理解してみよう。

医療システムの容量はどのくらいある?

これは難しい質問であり、このような短い記事では回答できない。合衆国には約924,100の病床がある。1000人あたり2.8だ。カリフォルニアには1.8しかない。ドイツのような国には8ある。韓国には12ある(それでも彼らの病院システムは過負荷になっている。)これらのベッドのほとんどは使用中だが、臨時のものや(たとえばホテルや学校の体育館を使用)、軍、州兵その他の組織の戦略資源を使用することで増やすことができる。

中国のデータを基にすると、COVID-19の患者の約20%が重症で入院が必要と推定できる。ただし数多くの重症例で、自宅での適切な加療(酸素、静脈注射、隔離など)により生存している。

より重要なのはICUの床数で、これはいくつかの推定によれば100,000床ほどもあるといい、うち約30,000床が使用できる。全COVID-19患者のうち5%程度は集中治療を必要とし、なければこの人たちは全員死亡する。ICU床数の増床はある程度は可能だが、敗血症、腎不全、肝不全、心不全、重症肺炎などに対処するための機材を好きなように増やすことはできない。

この式の重要な項に人工呼吸器がある。重篤なCOVID-19患者の死因の多くは肺への感染だ。感染により呼吸ができなくなるだけでなく、組織の多くが破壊されることで血液の十分な酸素化ができなくなることもある。こうした患者の生存には挿管や機械的呼吸器が必要で、ECMO装置(血液を直接酸素化する)まで必要なこともある。全患者の6%で人工呼吸器が必要だが、各病院の既存の人工呼吸器をすべて出せば、これらは160,000台がある。さらにCDCには8900台の人工呼吸器が戦略備蓄されており、必要とする病院に配備できる。

人工呼吸器の数を医療資源の限界の近似値とみなした場合、われわれは最大170,000人の重篤患者を同時に治療できることになる。(集中治療室の患者すべてが人工呼吸器を必要とはしないし、人工呼吸器を必要とする患者のすべてが集中治療室にいるわけではないが、両者はかなりの部分で重なっており、ともに介入がなければ死亡する。)

感染者数はどのくらいになる?

封じ込めをしなかった場合、ウィルスは風土病となり、指導的感染症学者のMarc Lipsitch(ハーバード)やウイルス学者のChristian Drosten(ベルリン大学病院)によれば、われわれがある程度の集団免疫を獲得するまでに人口の40%から70%が感染するとの見積もりである。(そしてなんと、この免疫がどのくらい持続するかは不明だ。すでに多数のCOVID-19株が観測されているが、キャリア数が膨大なのでさらに増えるはずだ。)アメリカの人口(3億2千7百万)の40%から70%なら1億3千万から2億3千万だ。それでは人口の55%(中間の値)が3月から12月の間に感染すると仮定しよう。1億8千万人に着目することになる。

軽症・無症状のケースについては?

この騒ぎの初期には、外部の観察者の多くが中国での感染者数に非常に懐疑的であり、非検出の軽症・無症状ケースの規模について隠蔽があるかもしれず、だから死亡率は報告されているよりずっと低いのではと考えていた。Bruce Aylward率いるWHOの中国派遣団が、それが事実ではないことを見出した。Aylwardは、十分な資源を持っている場合の中国の検査は非常に徹底的であり、感染症例の見逃しはごく一部であろうと主張している。(COVID-19は軽症・無症候性でも感染性があるので、これは重要だ。)

重症者数はどのくらいになる?

1億8千万のうち、80%は「軽症」となるだろう。一部はまったくの無症状で、多くは2週間続くインフルエンザ様の病気にかかり、中には肺炎になる者もいるが、通常は2~3週間で自然回復する。20%ほどは重篤化し、生存には医療支援が必要となる。重症例では回復に3~6週間ほどかかる。また、6%は自発呼吸ができなくなるため、挿管や機械的呼吸器が必要になるだろう。武漢(5.8%)と中国の他の地域(0.4%〜0.7%)の死亡率の差の多くは、重篤ケースのケア能力の差から来るものだ。
人工呼吸器に繋がれた場合、集中治療室から出てくるまでに4週間程度かかることが多い。この回転率の悪さよ! これを推定値としてセットすることで、同時に何人が医療資源を必要とするのか計算可能である。

数字付きのグラフ

2020年末までに55%のアメリカ人がCOVID-19に感染し、その6%(1080万人)がどこかの時点で人工呼吸器を必要とすると仮定したうえで、さらにモデルを正規分布(最初に指数関数的に急激に増加し、多くが感染または免疫獲得することで平坦になり、回復が進むにつれて次第に降下する、左右対称のベル型曲線)で単純化すると、次のグラフが得られる:

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グラフの底の方にある茶色の直線は: 人工呼吸器と集中治療床数の限られた備えだ! 赤で示したカーブにはCOVID-19の全患者ではなく、そのう

ちたったの6%、人工呼吸器に4週間繋げられなければ死んでしまう人々しか含まれていない。このシナリオでは、ある日に加療が必要な人数の最大値は、なんの緩和策もなければ、約300万人となるのだ! このカーブを平たくするのに必死にならざるを得ないのは明らかだ。なぜなら、これは今年の大半で患者の大多数が挿管や集中治療の必要性評価すら受けられないことを意味するからだ。

医療資源の限界以下に抑えるには、正規分布をどのくらい横伸ばしする必要があるの?

「カーブを平たくする」という考えは、手を洗い、病気になっても家に留まることを積極的に続けるなら、ウィルスが風土病化して40%から70%の人々に感染するのを防ぐ必要はないし、医療システムが患者負荷に耐えられるように感染の広がりを抑えることができることを示唆する。これは1080万人の患者が存在するが、同時には17万人以下となる場合の正規分布曲線である:

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COVID-19の感染率を我々の医療システムに適合するところまで抑えるなら、流行は10年以上の期間に広げる必要があるのだ! (ずっと左には比較のため緩和なしの場合の分布を置いた。)この期間内に有効な治療が発見されることについては確信しているが、あなたも感じが掴めただろう: 新コロナウィルスの感染力を管理可能なレベルまで引き下げることは緩和策だけでは簡単に達成可能ではなく、封じ込めが必要である。

私のカーブが正しいわけではない!

この封筒裏計算は、適切なシミュレーションでもなければ起きていることの優れたモデルでもない。そうであるかのように引用しないこと! 実際には、病気の広がりが正規分布に従うことはない。カーブのふくらみの主要部は左側にあり、右側には長い尻尾が続くのだ。有効な緩和策(公の集会、会議、不要不急の旅行を避けるなど)はいつでも存在する。このモデルはICU滞在期間の長さによって大きく変わる。これを短くできれば、資源を同時に必要とする人数は減り、カーブのピークは下がる。肺炎中の炎症とは戦って重症例を減らすことができるかもしれない。利用可能な医療資源は必要に応じて時とともに増加するだろう。規制が撤廃され、新しい治療法が開発され、そのいくつかが有効だろう。近未来のある時には、飛行機に乗ったり重要な公共の建物に入る前にはチューブに息を吹き込む必要が出るかもしれない。COVID-19、H1N1、あるいは通常型のインフルエンザが気道にいれば、数秒で小さなディスプレイに表示されるのだ。とはいえ私の主張の要点は、我々の運が尽きたとか、人口の6%が死ななければならないとかではない。封じ込めが不可避であること、それを遅らすべきではないこと(なぜなら封じ込めが遅れれば、より効果が低く、より高価になり、追加死亡数を増やすことになるからだ)にある。

封じ込めは機能する

中国は封じ込めが機能することを示した: 武漢の完全封鎖は飢餓にも暴動にも繋がらず、多数の患者が他地域に広がることを防止できた。これにより必要地域への医療資源の集中が可能になった(たとえば武漢湖北省に10000人以上の医師を追加派遣できた)。アウトブレイクの中心である武漢は、今では新規患者が1日10人未満となっている。湖北省の他の地域では、新規患者の登録がもう1週間以上ない。このウィルスを止めることは可能なのだ!

中国は自らの教訓に学んだ: 湖北省の封鎖後、他の地域は最初の患者が見つかるやいなや効果的な封じ込め策を実施した。同じことはシンガポールと台湾でも起きた。韓国は最初の30件を非常によく追跡していた(31人目の患者が教会の集会で1000人以上に感染させてしまった)。

何らかの理由により、西側諸国はこの教訓に学ぶことを拒否した。ウィルスはイタリアで広まり、負荷により医療崩壊が起きた。リソースはあまりに少なく、危機地域からのレポートによれば、高齢者やガン、臓器移植、糖尿病の既往歴がある人が救急救命へのアクセスを除外されるほどであるとのことだ。アメリカ、イギリス、ドイツはまだこうした局面には達していない。これらの国々は「カーブを平たく」しようとしている。病気を阻止するためではなく、広がりを遅くするためだけの、効果のない、やる気も感じられない策を講じることによって。

厳重な封鎖策の実施に必要な資源を持たない国はあるだろう。広範な検査、検疫、移動制限、旅行制限、労働制限、サプライチェーン再構築、閉校、重要な専門職で働く人々の子供のケア、防護材料や医療サプライの生産と流通といったものが必要なのである。これは、ウィルスを締め出せる国とそうでない国が出る、ということだ。数ヶ月以内に世界はレッドゾーンとグリーンゾーンに分かれ、レッドゾーンからグリーンゾーンへの旅行はほとんど止まり、それはCOVID-19の有効な治療が見つかるまで続くだろう。

「カーブを平たくする」は、アメリカ、イギリス、ドイツ向けの選択肢ではない。カーブを平たくしようと友達に言うんじゃない。封じ込めを始めてカーブを止めよう。