違和感の始まりはちきりんさんのこのエントリだった:
内容をまとめると、
- まだ死者の多くない新コロでここまで心配するのが不思議だった
- 専門家の中に警鐘を鳴らす人がいることがわかってきた
- 専門家が言うんだから本当に危ないんだろうと結論づけた
という趣旨だ。
オレが不思議に思ったのは、これほど聡明な人が、危険性を自分で理解せずに、専門家が言ってるんだから危ないはず、を結論としていることだった。
ちきりんさんは毀誉褒貶あるけど、自分の見たことを材料によくよく考え、普通の人が見えないところまで見てくる点では間違いがない。各種の統計や株式・商品市況のデータをきちんと見るだけでなく、店舗に足を運び、テレビにまとめられた情報の裏側を推察し(テレビは基本的に良質な情報を集めてくる。集めた情報を「馬鹿な人向け」にまとめ直してしまうだけだ)、最終的に自分の肚に落ちたストーリーとして語る人だ。
そんな書き手が、人任せの理解で「どうやら危ないらしいです」と言っている。これはけっこうな違和感だ。だって自分は、理解がそれほど難しい話だとは思っていなかったから。
普通に見れば、COVID-19がインフルエンザより危険な点は明白だ。
- (インフル同様)悪くなれば死ぬのに加え
- 基礎免疫がないので感染の広がりが速く
- このため重症者が医療資源の容量を超え、あふれた患者が死ぬ
である。
ところが細部に立ち入ってみると、これが案外と説明しにくかった。友人と話し合ってみて気がついたのだが、インフルエンザとの差異は、実は非常に微妙なところにある。聡明な人が丸投げみたいなことをするのも当然のことだ。
オレも疫学は素人だけど、生物学を学んだ者の中では数学に忌避感がない方ではあるので(得意とは言ってないw)、自分の理解の範囲で解説を試みてみよう。
新型インフルエンザとの違い
それでは考えてみてほしい。たとえば新型インフルエンザ(2009年のH1N1など)と比べた場合、COVID-19は何が違っているのだろう。
みんなが免疫を持たない点は同じだ。致死率は同じか、少し高い程度だ。基礎免疫がなく広がりやすい点も同じ。感染力(基本再生算数)はインフルエンザのほうが大きいくらいである。要するに、同じようなものに見える。
ところが実際にはCOVID-19の方が、新型インフルエンザよりもずっと医療崩壊を起こしやすいと認識され、だから恐れられている。これはなぜだろう。
「より医療崩壊を起こしやすい」理由として、オレが考えつくのは次の3点だ:
- 軽症・無症状の割合が高いため、基本再生算数の分散varianceが大きい(ただし極端に大きくはない)
- 治療薬がないため、重症化率を下げることができない
- ひとたび重症化した患者は医療資源を長期間(2-4週と言われている)専有する
1.は専門家会議がアナウンスして批判された「若者は特に注意してくれ」にまつわる話だ。あの説明では批判はあって当然かも知れないが、彼らは正しいことを言っていた。
危険の本質は、高い割合で存在する無症状者に感染性があることだ。
基本再生産数とは、1人の感染者が何人の二次感染者を出すかを表現する値である。これは病原体の特性である程度決まるが、状況や人々の行動によっても変化する。
この値は、多数の症例を1つの値で代表した「一人あたりの平均値」である。分散とは、複数の値を代表する平均値があったとき、個々の値が平均値からどれくらい外れているかを示した値である。
感染症の基本生産数の分散が大きい、というのはオレの独自表現だが、たぶんプロにも通じるだろう。これは患者の誰もが同じくらいの二次感染者を出すのではなく、大多数の患者が以後の感染をまったく引き起こさないのに対し、二次感染を繰り返し起こすような患者が存在する、ということである。
こう書くと「スーパースパレッダー」の話かと思うだろうが、そうではない。スーパースプレッダーとは「病原体の特性から普通には考えられないほど多くの他者に感染させた患者を数学的に定義したもの」であり、こうした患者・状況が存在すると、分散はとても大きくなる。COVID-19の場合、スーパースプレッダーの存在はあまり言われていない。
そうではなく、通常の2次感染者数の期待値の範囲の中で、「比較的多数を感染させる患者」が「数多く」存在しうるのである。これは特定しにくいという点で、スーパースプレッダーよりも怖いかもしれない。女王アリが1匹の種よりも複数女王が分散する種のほうが駆除しにくいのと同じだ。
2.は過去の、あるいは手遅れになったインフルエンザと同様の危険性だ。COVID-19では「重症化=(インフルエンザにおける)手遅れ」なのである。これがあるので、ICUに入りうる患者の割合は高く保たれる。これは3.とも関わって危険性を増大する。
3.はターンアラウンドの問題だ。
たとえば、重症化してICU入りする患者が1日100人出る病気があるとする。患者がICUを出られるようになるまでの期間が平均で3日であれば、その地域のICUベッド数は300で(ギリギリだが)足りる。ところがこの平均値が4日であれば、ICUベッド数は400必要になる。300しか無ければ、あふれだ患者(400-300=100)は全部死ぬ。4日目ごとに100人死ぬので、1日あたり平均値では100/4=25人ずつ死ぬ。5日かかるなら4日目と5日目に100人ずつ死ぬので、200/5=40人ずつ死ぬ。これは"(患者発生数-ベッド数)/回復日数"という式で表現できる。
(もちろんこれは非常に単純化したモデルですべてが不正確だ。たとえば患者の回復は確率的事象だ。しかし人数レベルに着目したとき起きる結果に大きな違いはない。)
平均20日かかるのであれば、(2000-300)/20=85で約85%が死ぬ。
しかもこれは重症化する患者数が100という一定値の場合である。感染症において、人口の大部分が免疫を持たない段階の場合、患者数は指数関数(e^at)*n(nは基本再生算数R0を項とした値、tは日数、nは初期患者数)で増え、それに比例した重症者が出る。掛け算に足し算で対抗するようなものだというか、さらに大幅に分が悪い。
それぞれの要因への対策
COVID-19に特有の危険を述べた。
- 基本生産数の分散が大きい
- 重症化率を下げる方法がない
- 重症期間が長い
このうちいま現在できることは1.の基本生産数への介入だけである:
- 接触を避ける
- 消毒を徹底する(手洗い・ドアノブ拭いなど)
といったことだ。なんだそれだけかよ、という感じだが、よく言われるように、われわれに出来ることはそれほど多くない。
ところが、無症状感染の割合が高いことを前提にすると、もうひとつあるのに気がついた:
- (自分が感染を起こしていという前提で)マスクを常用する
である。日本人が「エビデンスがない」と言われながらも儀式のように続けてきたマスクが、実は爆発的流行を止めているかもしれないのだ。びっくりだ。
しかしこれは無症状感染からの二次感染の予防措置として非常に有効であろう。マスクは感染者からの二次感染の防止にこそ有効な手段だからである。
(現在の日本の流行レベルの低さを説明できる要因って、ほとんどこれくらいしかないように思うのだが、いかがだろうか。)
2.の重症化率については治療薬待ちである。大急ぎで進められているが、治験プロセスに不可欠な時間もあるので、これには1年はかかるだろう。
治療薬ができると、感染しても重症化を防げるので、危険性は大きく減る。そうすると対策がおろそかになって感染者数は増えるだろうが、それにより起きるのは集団免疫の獲得だ。
これがもっとも本質的な対策となる。1.の基本生産数への介入は、ワクチンがなければ経済への悪影響を伴うので、無限に続けることはできない。「薬ができるまでの辛抱だ」が合言葉になるだろう。
3.の重症期間を短縮にもっとも有効なのも治療薬である。ただし他の対策として、ICUベッド数で表現していた「医療資源」を増やすという手がある。
たとえば、現在は数が少なく管理に専門家が必要で増やすことが出来ないと考えられている人工呼吸器を、どうにかして増やすというのが考えられる。
つまり、a. だれにでも簡単に使える機器に代替し b. 量産する ということだ。
これは「呼吸管理の専門家を急造してあとで冷遇する」よりずっとよいように思う。
こうしたゲームチェンジングな対策を日本人はたいへん苦手なのだが、きっとどこかで起きることなので、日本でもやっておくとよいだろう。
まとめ
このウィルスの危険性の細部は、危険性を理解しているつもりの人にさえわかりにくい。
「COVID-19は確かに非常に危険である」と捉えていた(プロを除く)人たちの多くが、医療崩壊を引き起こすこのウィルスの特性を明確には意識していなかったように思う。
たとえば、集団免疫を獲得するまで感染を低いレベルで抑えれば数ヶ月で片がつくという、いわゆる"flatten the curve"が成立すると思った人は、オレを含めて全員、その時点では、このウィルス独特の危険性を正しく認識していなかったことが明らかだ。
このウィルスは勘違いを起こしやすい。そして勘違いして対策を緩めると、予想外の(指数関数的な)患者数増加により多数の死者が出る。これが共有すべきストーリーだ。
なかなか難儀なことだが、薬ができれば解決するはずである。
それまで1年がんばろう。おまもりのマスクを忘れずに。