「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ

藤岡淳一『「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム』という本を読みました。
すばらしすぎてソッコーでAmazonにレビューを投稿したのでこちらにも載せます。


深圳にがっちり根を張って日本の目で見る

深圳で工場を維持しそのエコシステムで生きるというアクロバット人生を送る筆者の、生き残りの秘密が全部書いてある。読んだからってマネできるもんじゃないが、とにかく全部書いてある。

とはいうものの、これは個人的なことだけが書いてある本ではない。深圳という都市について、中国のビジネスについての、現場からの報告書である。そしてその点において、他に類書をまったく見ない、おそろしくユニークで特別な本となっている。

筆者は日本の上場企業の部品売り込み担当者からスタートし、香港のベンチャー企業の台湾駐在開発部門マネージャー、日本企業の家電開発部門マネージャーとなり、いわゆる「怪しい中華ガジェット」の開発・製造のために深圳のエコシステムと格闘してきた。現在は深圳で工場を持ち、中国価格と日本品質を両立した製品のOEM製造を主なフィールドとして活躍中だ。

こうしたビジネスに必要なのは、現地の制度を、ビジネス慣習を、気質を、エコシステム全体を理解することである。また、その変化に際しては自らを変えていくことである。それに成功し続け、現地を熟知した人が、自分の専門分野を切り口にして深圳という都市の過去、現在、未来を見せてくれるのがこの本である。

ある社会について我々が「知っている」ことには、

↑ 聞いただけで知っていると思いこむ
浅 自分で見て事実として知っている
  成り立ちまで知っている
深 それを支える制度を知っている
↓ その制度の文化的背景や成り立ちまで納得している

といった階層性があるものだ。
情報の限られた日本で中国について語るには、上から2番目の知識で十分というところがある。

ところがこの本には、4番目までの知識が山盛りに書いてある(5番目の階層も知っていると思われるが省かれている)。これらはしばしば他の記述と絡み合い、お互いを補足するだけの周辺情報であるかのように書いてある。たとえばブルーカラー労働者の労賃は製造原価算入、ホワイトカラーは販管費(人件費)算入になっており、雇用条件ばかりか会計基準レベルで区別されていること、しかも両者が同じ出身地から出稼ぎに来ているということが書かれていて感動したのだが、そうしたものが本当にあっさりと書いてある。

制度について、それがおよぼす影響の実態については、中国で経営者にならなければ知りようがないのだが、中国企業や労働者の行動や文化の方向性を理解する上で、言うまでもなく非常に役に立つ。他にも山のようにあるこうした記述のそれぞれに、どれが重要ですよ、とは書いてない。ただ必要な前提知識として、さらっと書いてあるだけだ。読者は自分の知識に応じて拾い上げるしかない。ちりばめられた情報の数々は、中国そのものを読者の思考の範囲に外挿してくれるであろう。

この本を読んでいると、直接見に行ってもまだ見えていなかった、違いがあるとは気づいてなかった、しかし違和感があったものごとの種明かしに出くわすことがよくある。読んだ時点で初めて、それは自分が違和感を持ちながら認識できなかったことである、とわかって驚くのだ。こんなことは、どんな分野の本でもめったにあることではない。それが頻発するのがこの本である。

中国のミクロレベルの経済を、深圳という都市を、本当に地に足の着いた視線で眺めるには、この本が絶対に利く。興味のある人には必読と言ってよい。5つ星にもいろいろ幅があると思うけど、これは文句なくオススメの5つ星である。


「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム]