学び舎の中学歴史教科書

学び舎の中学歴史教科書『ともに学ぶ人間の歴史』を読みました。
慰安婦記述があるということで育鵬社の教科書と対比されることも多いこの本ですが、志がぜんぜん違ってます。一言で言えば「学ぶ側のための教科書」でした。読んでてとても楽しく、歴史学に興味が出ます。すごい本。
Amazonのレビューを投稿したので、加筆してこちらにも掲載します。


歴史を学ぶ楽しさがわかる本

トップ私立中での採用が話題になったので読んでみました。
結論を先に書くと、中学生から読める最高の歴史入門書、です。中学生向けと侮ると大損。

      • -

特徴をいくつかまとめます:

  • 普通の歴史教科書と比べ「その時代の常識情報」がすごく潤沢

例えば日露戦争小見出しは「戦場は中国だった」です。日清日露の兵力、戦死者、戦費の比較グラフも載ってます。
日露戦争はどのように戦われ、現地の人はどうだったか、銃後がどのように大変だったか、それで得られたものはなにか。明治時代の当たり前の理解がきちんと出来るように配慮されており、ほとんど明治人になった気分です。(右画像・クリックで拡大)
女性や子供の視点を多く入れ込んであるのも実感的です。

  • 独習可能に作られてる。

A4サイズで300ページもあります。こう書くと「読むのが大変なのでは」と思われるかもしれませんが、それは逆です。

    • 記述に十分な分量を取ってあるので読みやすい
    • ひとつひとつの項目が見開き2ページ完結になっている

つまり、この分量は完全に理解しやすさのためにあります。記述が平易で非常に読みやすい上に、興味のある部分を拾い読みすることができます。

  • さまざまな時代の「ものの分かった人」を疑似体験できる

この本には「普通の視点」だけが書かれているわけではありません。庶民の視座だけでなく、統計等の数字や報道などもカバーされてます。こうした多角的な見方こそ「ものの分かった人の視点」です。
普通の人の視点を主、俯瞰的な視点を従として、両者が毎回書かれているので、視点を変えるリアルな体験がたくさんできます。

      • -

歴史学習は、実は異世界探求です。過去の世界は私たちと直接の繋がりがあるにも関わらず、本質的には違った文脈を生きる異世界なのです。あちらの世界での「普通」はなにか。出来事はどんな文脈に位置づけられるのか、どういうプロセスを経てその決定に至ったか。そういったことは、あちらの世界の人たちの立場に立たなければ実感的には理解できません。

また歴史には、当時は誰にも見えていなかった、後知恵でわかる事実も多いものです。だから、歴史は当時の人の視点だけでも理解できません。本当のことは誰にもわからない、と言っても過言ではないのですが、わかる限り最大限に明らかにしていくには、資料を掘るしかありません。当時書かれた様々なもの、統計、世界の反応、報道などの記録から、実際には何が起きていたかを推測し、裏付け、まとめていきます。これが歴史学で行われている仕事です。

普通の歴史教科書は、このまとめられた「通史」を使い、つまり歴史学の結果を使って、何が起きたかを「説明」しようとします。
この教科書は、歴史学の「方法」を使います。通史も書かれてはいますが、主として何が起きたかを浮き彫りにするための「材料」を提供しています。

実感をともなう、客観を外さない事実を並べ、考えるのは自分だよ、と放り出してくれる。こんな教科書は他の分野にもめったにありません。個々の事実から全体像を再構築するのは科学の得意とするところですが、教科書がそのような視点で編まれていると感じることは少ないものです。

ある時代の人たちの「普通」の事実たち。それらを裏付ける数字。歴史を理解する視点は現代を理解する視点でもあり、過去から未来へ、文明の(理性の)進展を感じる視点でもあります。歴史学者たちのこうした物の見方を得ることこそ、歴史を学ぶ大きな意義なのではないでしょうか。

これは「中学生限定の教科書」と考えるともったいない本です。「中学生から読める、歴史について考えることができるようになる本」と考えます。分量と内容の割には非常に安価で、大人にこそオススメです。




"増補 学び舎中学歴史教科書 ともに学ぶ人間の歴史"