ちきりんさんの正体かもしれないということで話題になった伊賀泰代さんの『採用基準』を読みました。
これはマッキンゼーの採用基準についてひたすら語るような本ではありません。マッキンゼーのこともいっぱい書いてありますが、リーダーシップについて書いた本でした。日本の社会にリーダーシップの「総量」が圧倒的に足りないこと、それが個人のキャリア形成に役立つこと、訓練可能なスキルであることが要点です。
目次:
はじめに 序章 マッキンゼーの採用マネジャーとして マッキンゼーでの一七年間 バブル期の金融業界でMBA留学を決意 「アメリカ人に世界を教える」ビジネススクール コンサルティングより人材育成システム 新しいポジションを自ら設計・提案 第1章 誤解される採用基準 人気の高まりと誤解の拡大 誤解その1:ケース面接に関する誤解 誤解その2:“地頭信仰”が招く誤解 誤解その3:分析が得意な人を求めているという誤解 誤解その4:優等生を求めているという誤解 誤解その5:優秀な日本人を求めているという誤解 Column 東京大学における法学部と経済学部の学生の格差 第2章 採用したいのは将来のリーダー 問題解決に不可欠なリーダーシップ リーダーシップは全員に必要 将来のリーダーを採用するという戦略 スクリーニング基準と採用基準の違い Column 保守的な大企業で劣化する人 第3章 さまざまな概念と混同されるリーダーシップ 成果主義とリーダーシップ 成果より和を尊ぶ組織 救命ボートの漕ぎ手を選ぶ 役職(ポジション)とリーダーシップ マネジャー(管理職)、コーディネーター(調整役) 雑用係、世話係 命令する人、指示する人 Column 能力の高い人より、これから伸びる人 第4章 リーダーがなすべき4つのタスク その1:目標を掲げる その2:先頭を走る その3:決める その4:伝える Column マッキンゼー入社を目標にする困った人たち 第5章 マッキンゼー流リーダーシップの学び方 カルチャーショックから学ぶ基本思想 基本動作1:バリューを出す 基本動作2:ポジションをとる 基本動作3:自分の仕事のリーダーは自分 基本動作4:ホワイトボードの前に立つ できるようになる前にやる 自分のリーダーシップ・スタイルを見つける Column ホワイトカラー職種も海外流出? 第6章 リーダー不足に関する認識不足 組織的・制度的な育成システムが必要 絶望的な「グローバル人材」という言葉 「優秀な人」の定義の違い カリスマリーダーではなく、リーダーシップ・キャパシティ 非常時の混乱、財政難の根因となるリーダー不足 Column 不幸な海外MBAへの企業派遣制度 第7章 すべての人に求められるリーダーシップ あらゆる場面で求められるリーダーシップ 上司の判断を仰がない若手コンサルタント リーダーシップは学べるスキル 分散型意思決定システムからの要請 Column リーダー養成に最適なNPO 終章 リーダーシップで人生のコントロールを握る 問題が解決できる 成長が実感できる 自分の世界観が実現できる 世界が広がる 変わっていくキャリア意識 価値観転換機関としてのマッキンゼー 広がる世界で人生のコントロールを握る あとがき
序章では伊賀さんのキャリア選択について語られています。UCBハーススクールでMBAを取得した後、マッキンゼーで主流のキャリアであるコンサルタントとして採用された伊賀さんは、3年目にマネージャー昇格にともなってロンドンオフィスで面接研修を受けます。このときのグループワークで、ビジネススクール時代に比べてチームに役立てることがずっと多いことに気づき、社内での人材育成システムに興味を持ちます。そして人材育成の仕組みを学ぶことを目的に人材育成・採用マネージャーに転ずるのです。
この選択はコンサルタントとしてパートナーまで昇格していくキャリアパスの放棄であり、普通に見ればキャリアダウンです。しかし彼女は日本支社に存在しなかったこの職を自ら作り、この職で採用しろと経営者グループに迫ったのでした。この本は、そのような人のキャリア論でもあります。
1章ではマッキンゼーの採用基準について、その背景を含めてこってり書いてあります。
- リーダーシップがあること
- 地頭がいいこと
- 英語が出来ること
がまずあり、面接では考えることが好きか、どんな考え方をする人なのか、思考体力があるか、ゼロから新しい体系を作る能力があるか、飛び抜けて強い能力があるかといったことが見られているようです。必要とされるスキルセットは学者のそれと非常に似てるし、現代の小説家にもちょっと似てるように思いました。資料を読めるくらいの英語力はほしいし、編集者や読者を説得できるリーダーシップが必要だからです。
2章以後はリーダーシップについて論じています。全部で250ページほどのこの本の180ページほど、3/4くらいはリーダーシップの話なのです。
- 2章 問題解決にはリーダーシップが絶対に必要なスキルであり全員に求められるということとその効用(「部長の神の声」とかナシで全員が自分なりの意見を出してくれる!)
- 3章 努力やプロセスではなく結果を問う原則とリーダーシップがくっついていること、リーダーシップがマネージメントや雑用係や命令するだけの人と混同されがちだけどそうではないこと
- 4章 リーダーのすべきタスク
- 5章 リーダーシップの学び方(先頭に立って困ってみるなど)
- 6章 日本では圧倒的にリーダーシップの「総量」が足りておらず、それが認識もされてないこと
- 7章 リーダーシップは日常的に使えて訓練で学べること
- 終章 リーダーシップとはハンドルを握ることであること
この中で個人的に印象深かったのは7章です。オレは目の前に解決可能な問題があるとついつい口出ししてウルサがられるクセがありますが、まさにそのような性質が、日常的に誰もが発揮すべきリーダーシップとして語られていることは嬉しかったです。ああオレ生きてていいんだ、みたいな。オレみたいな人が非常にたくさん必要であるようです。暑苦しくなりますが我慢して下さい。
ちなみにこれは仲間のフリーランス系中小自営の人にとてもありがちな特徴で、本質的でない文句ばかり言ってきたり、やっていることの目的から逸脱するような建前を通そうとする人たちが嫌でしょうがありませんが、こうした人達はホント日本の組織と相性が悪いです。リーダーシップを持つ人は選択的に排除されて1人で働いてるんだなと思いました。
もうひとつ、この7章には『分散型意思決定システムからの要請』という小見出しがあります。これは多様な価値観のもとで需要を組み上げるには細かいリーダーシップが不可欠であるという話ですが、オレから見ると、民主主義が機能するにはその成員が活動に参加する必要がある、という話をリーダーシップ論で裏付けているようにみえました。参加とはリーダーシップだったのね。
他には日本人は集団主義じゃなくて個人主義であるとか(そうだそうだ!)、キツくない仕事をしてると取捨選択能力が衰えて成長しないとか(ひゃー)、NPO活動がリーダーシップ育成に向いてるとか(教育ボランティアはイマイチだな…)、そういったことが印象に残りました。あとマッキンゼーって全開になれて楽しそう!とも思いましたね。まだまだあるけど書ききれない。
全体的には、ちょーオススメの本です。若者は読んどかないと始まらない気がするし、オレら一匹狼タイプの自営業は自分の立ち位置やスキルレベルを確認できたり、どうにも勝てない感じのアメリカの凄いあいつとかがどのような思想で教育を受けているか知ることができて打ちひしがれたりできます。ぜひご一読下さい。
追記: オレはこの本を読んでものすごく感動したんですが、それはオレらのような「空気読まないでハックしては怒られる系」の人間の方がむしろ正統派であるように感じられた、という面が大きいような気がします。オレがよく言う「まずは困ってみろ」とか「すべての善きことは個人的に勝手に行われる」なんかは自然に入ってる。社会不適応な方々の勇気付けにサイコーです。