【新刊】すべてを電化せよ! ―科学と実現可能な技術に基づく脱炭素化のアクションプラン

ひさびさに訳書が発売されました。『すべてを電化せよ! ―科学と実現可能な技術に基づく脱炭素化のアクションプラン』です。

著者はSaul Griffith。MITでドクターを取ったオーストラリア系アメリカ人で、「天才補助金」と言われるマッカーサーフェローを取ったシリアルアントレプレナーというピカピカの経歴の…野人です。昨年日本を訪れたときは熊野古道をトレッキングしたりしてます。

https://www.saulgriffith.com/ のトップにある本人のプロフィール写真

この人が地球全体のエネルギーの流れからアメリカ全体のエネルギー利用状況、各州ごとの家庭のエネルギー利用や家計まで分析して導き出した、地球温暖化対策の決定的アクションプラン。それが本書です。

お買い上げよろしくお願いします!!

基本情報
  • 目次
日本語版への序文
はじめに

1章 希望の光
2章 時間は思ったより残されていない
3章 緊急事態は恒久変化のチャンス
4章 我々の知識はどこから来ているのか
5章 2020年代の思考
6章 電化せよ!
7章 電気をどこから調達するか
8章 24/7/365
9章 インフラの再定義
10章 測るには安すぎる
11章 核心は家に
12章 担保借入はタイムマシン
13章 過去への支払い
14章 ルールを書き換えろ!
15章 雇用、雇用、雇用
16章 “ゼロ”次世界大戦への動員
17章 気候変動がすべてではない

付録A なるほど、それなら……
付録B 違いを生むのにあなたができること
付録C もっと詳しく:気候科学入門
付録D もっと詳しく:サンキーフロー図の読み方
付録E もっと詳しく:自分で探そう

謝辞
原注
訳者あとがき
索引
訳者より

われわれは化石燃料の利便性に気付いて以来、あらゆる利用法を開拓し、強く依存し、それを世界の基盤だと思うようになってます。

ところが化石燃料には2つの巨大な欠点があります。

  • 二酸化炭素を排出することによる環境改変
  • エネルギーを熱の形でしか取り出せないことによる熱力学的効率の悪さ

二酸化炭素排出が温暖化を引き起こすことはもはや疑いがありません。地球の現在の平均気温に大した必然性はなく、熱収支が、つまり、太陽から降り注ぐ膨大なエネルギーと赤外線として宇宙に放射されるエネルギーのバランスが少し変わるだけで、気温は簡単に変わってしまいます。赤外線に不透明な気体があれば、それに遮られて宇宙に放射される赤外線が減り、地球に滞留するエネルギーが増えます。この「赤外線に不透明な気体」が温室効果ガスです。

(ここで面白いのは、人類が使用するエネルギーの量は問題ではないこと。地球に降り注ぐ太陽放射は174PW、熱に直すと174PJ/sで、年間では5.5 x 10 ^ 24 (J)*1 となります。これに対して人類が利用する一次エネルギー総量は年間600EJ弱 ≒ 6 x 10 ^ 20 (J) と、4桁ほど小さい。人類が使用するエネルギーの熱は地球系全体からは誤差に過ぎず、排出された温室効果ガスだけが問題になるのです。)

エネルギー効率の悪さは一次エネルギーの必要量にかかってきます。化石燃料の採掘効率がどんどん悪化していることは知られてますが、それは見かけよりもずっと悪く、探査、採掘、運搬に膨大なエネルギーを費やしてます。化石燃料をやめて全面的に電化すれば必要な一次エネルギーは現在の58%引きの42%になるので、ソーラーパネルや風車を使った全面電化は思ったよりも大変ではありません。

本書では

  • ソーラーパネル、風車、EV、バッテリーといった重要物資を傾斜生産による生産効率改善(その効果は予測可能)で安価にする
  • 法整備により許認可コスト、金融コストを低減する
  • これらにより電化移行という全員が得する解を誰もが購入可能にする
  • さらに膨大な生産・据付需要により雇用を増やす
  • 以上の効果を上げつつ地球温暖化が防げる
  • アメリカはこれらのすべてに前例がある

といったことが豊富な資料や図表とともに語られています。

この資料が非常に興味深いです。アメリカのエネルギーの流れは全体でも部門ごとでもフロー図で取り上げられてますし、家計支出、エネルギー支出、節約額なども各州の数字がグラフ化されているので、日本でどうなるかも何となく予測できたりします。

さらにこの本は、机上の空論ではありません。バイデン政権とも近いGriffithが書いた本書が示すのは「アメリカの道」だったりもします。インフレ抑制法(IRA)は電化移行とその必要物資の生産を国内で行うことの宣言であり、ほとんど「全面電化法」です。

日本でも、私が「限界ソーラー発電所」を展開してきたように、技術を持った消費者であれば相当なところまで遊べます。でも政策的なサポートがなければ、重要物資はすべて中国で生産されます。

それじゃあいったい自分は/日本は/人類はどうするべきなの?…ということを考える一助に、本書がなるのは確実です。ぜひちょっと覗いてみてください。

*1:174 x 10 ^ 15 x 60 x 60 x 24 x 365.25