琉子のものがたり

あるところに琉子という美しいおんながおりました。
琉子には米男という夫がおりました。
子供はありませんでしたが、二人は仲良く暮らしているのだと、米男は思い込んでおりました。
しかし琉子の心は冷え切っておりました。


米男は流れてきたやくざ者でした。
琉子の父もやくざ者でした。名を日雄ともうします。
日雄がむかし、華なる旧家にはいりこみ、富をうばおうとしたときに、華家にみずから助太刀にあらわれたのが米男でした。


米男は正義の人でした。
日雄をさんざんやっつけました。
刀を全部こわしました。
にどと暴れぬと誓わせました。


琉子は日雄が斬られそうになったとき、後ろから押されて斬られました。
命はなんとか助かりました。
米男ののぞみで琉子を日雄は差し出しました。
琉子の分家は米男の正義に都合のよいところにありました。


米男との暮らしは、はじめのうち、それはひどいものでした。
たくさん殴られました。
大事なものを捨てられました。
一人で食べて残飯を投げよこし、おまえは自分で稼ぐこともできぬといいました。
家の中で排泄して琉子に片付けさせました。


日雄が琉子を返せといいだしました。
日雄は商売がうまくいき、みちがえるような暮らしになっておりました。
日雄と米男はいつのまにか親友と言い合うようになっておりました。
米男は琉子を返そう、他の娘も返そう、とうけあいました。
だから少し都合してくれないか、とももうしました。


籍は抜けました。
実家からお金が入るようになって、生活は楽になりました。
ところが米男は出ていきません。
正義のためだともうします。
あたりで喧嘩がないようにするのが自分の正義だと。


華家がしだいに栄えはじめ、刀を持たない日雄は華家がこわくなりました。
むかしやったりやられたりしたことを、たがいにおぼえているのです。


米男は他の娘達の家もまわりますが、刀は琉子の家にもってまいりました。
いつも鍛錬しております。家で刀を振り回します。花火をします。
ときどき琉子に当たります。


琉子が怒ると、米男はすぐに謝ります。
すまない、こらえよ、感謝する、皆のためだともうします。
日雄も見舞いをよこします。
ほんとうに反省しているように思います。
でもまた同じことをします。


このまま波風を立てずに生きることもできます。


日雄は前より貧乏になりましたが、琉子への援助は欠かしません。
米男も目をみてあやまります。ひどいことももうしません。


それでも琉子は忘れておりません。
米男がどれだけ勝手であったか。どれほど自分をないがしろにしていたか。
こびりついた米男のものを掃除することが、いまでもときどきあるのです。


琉子は忘れておりません。
日雄が自分を後ろから押したことを。差し出したことを。
そして日雄が本当の親ではないことも。


日雄は親の言うことは聞くものだともうします。
しかし琉子の本当の親は、むかし日雄に殺されておりました。
本当の親もけっしてよい親ではありませんでした。
それでも悲しいことでした。


このまま波風を立てずに生きることもできます。


日雄はいつももうします。華家の者はあぶない、米男がいてくれるのが一番よい。ほかのことは考えるだけ無駄であると。
日雄はちかごろよぼよぼにおとろえました。
しわしわの口で、かしこくなれ、と叱ります。


琉子の本当の親がいたじぶん、華家とは仲良くやっておりました。
気むずかしい人たちですが、おだてておればひどいことはされませんでした。
かましくておそろしいのは日雄も華家もおなじです。


生きやすいよのなかになりました。
家を出て一家をかまえる娘たちがふえました。
せけん知らずの琉子でしたが、ちかごろ手に職をつけました。
なんとか生きてはいけるのです。


琉子という美しいおんながおりました。
琉子には米男という夫がおりました。
子供はありませんでしたが、二人は仲良く暮らしているのだと、米男は思い込んでおりました。
しかし琉子の心は冷え切っておりました。


このまま波風を立てずに生きることもできます。