『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』は経済学が夢のように頭に入る本

数日前に買ったこれ、細かく読んでたらいまだに読み終わらないんだけど素晴らしすぎてビビるので、もう紹介しとく。

イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』は、イギリスの中央銀行BoEエコノミストの2人が書いた一般向け経済学入門書の日本語版。内容はミクロもマクロも網羅してて本文400ページくらい。400ページと言うと長いけど段組みは緩いし文体も平易。例示とか超日常的で読みやすい顔してる。新書3冊分の分量で経済学が概括できる本…みたいに見えるw

原題も "Can’t We Just Print More Money?: Economics in Ten Simple Questions (なんでお金をもっと刷るんじゃいけないの?: 10の簡単な質問で見る経済学)" である。すごく簡単そうだよねw

実際、本屋で全体ぱーっと拾い読んだ感じは「めっちゃ網羅してるのに楽に読める書き方ですごいなあ」くらいだった。この時点で買いは決定だったんだが…w

ちゃんと読むとわかる。これ、The Economistなんかにも通ずる「死ぬほど簡潔な書き方で全部を伝える文体」の経済学教科書バージョンだ。

イギリスの短い文章の伝統は簡潔性を旨としながら内容をまったく落とさないところに真髄がある。日本のミニマリズムにも通ずるところがあるんだけど、イギリスのそれはユーモアや日常に接地させる例示なんかすら落とさないまま簡潔化する。

これは高度な内容ほど発揮されて、たとえばNatureやScienceといったイギリスの論文誌に共通するのは「1本の論文がきわめて短く、1語1語を厳密に用いて高度な内容を伝わるように書いてある」ことである。有名なワトソンとクリックの二重らせん論文はその年のNatureの論文賞(内容ではなく形式に与えられる賞)も取ってるんだけど、あの高度な発見を伝える分量は、わずか2ページだ。

これ、イギリスの文化なのか、高度知識層向けの本は全部そうで、The Economistも毎号の編集コラムが1ページで本当に強烈な真実を伝えてくるので有名(ちなみにイギリスのこういう専門誌の「編集者」って日本の編集者のイメージと全然違い、編集専業の文系職ではなく雑誌の分野の最高度の専門家であるのが普通)。

そんなわけで、このBoE本も圧縮率がすごい。

たとえば1枚目の写真は本文の61ページ、序章とかが長いんでここはまだ1章の33ページ目なんだけど、もう代替材と補完財の説明が出てくる。これが出てくるということは需給の話を既にしっかりやってるということで、マンキューのミクロ(日本語第二版)だと100ページになるまで出てこないような概念(写真2)。

BoE本の代替財と補完財
マンキューミクロの代替財と補完財

マンキュー経済学は分厚い2冊組の経済学の教科書で1冊目がミクロ編、2冊めがマクロ編になってる。

オレがよく言う「マンキューのミクロ」とはこのミクロ編のことで、カネ勘定が好きな高校生とかに、まずこれだけ読め、と渡すやつ(ミクロのわからんやつがマクロをわかることはない)。分量はミクロ編の本文だけで700ページ弱あるけど、アメリカの教科書って説明をまったく端折らずに全部書くことで学習曲線の勾配を緩めて独学を可能にするスタイルだから読みやすい。

そしてBoE本の恐ろしさは、まさにここのところにある。

写真1と2の内容を見てもらうとわかるけど、文章の平易さや密度感がマンキューと同じくらいに見えるんだよね。なんならBoE本の方が読みやすいまである。

でも概念と用語はしっかりと結びつき、経済学の概念が頭に入っていく。さらっと書いてあるからさらっと読めちゃうけど、あとからアレッ? と思って立ち戻って読むと全部書いてある。実におそろしい。

巻末にちゃんと索引があるので、経済学の用語に疑問を感じたときに引く小辞典のようにも使える。説明を読み直すのも簡単だ。

さらっと読める。ちゃんと理解もできる気がする。大したことを読んでる気がしないのに、本当は全部書いてある。だからいつの間に学べる。

この調子がミクロのみならずマクロの話まで続く。マクロは定量的にやると圧倒的に難しくなるのでサワリ(学者の間で形成されてるコンセンサスの結論部分)だけだけど、なにせ著者たちはBoEエコノミスト、つまり世界一レベルのマクロ経済学専門家だ。簡潔な解説でも街場の議論より圧倒的に世界経済が理解できるようになる。

イギリスのエリート知識人のレベルの恐ろしいことったら!!

もちろん専門家になるなら、もっと細かい数学的モデルの検討のしかたとかも知らないといけない。この本はそういう部分はぜんぜん載ってない…というか数式…どころか図表すらない。文章だけを読めばビジュアルに理解できるというストロングスタイル。白樺派かよ…w

人口の7割の人が経済学を7割理解できればコミュニティはまったく違ったものになる。この本は9割の人に9割の経済学がわかるように書いてある。オレの読者なら適当に読んでも7割は達成できちゃうんじゃないかな。

これはイギリスのこわいひとが書いた優しい本。 本線の知識が楽に手に入る夢の本だ。 死にたくなければ読め! 科学と金勘定は人生の両輪ッッッ!!!

…というわけで、ぜひどうぞ。(2200円しかしないってのがまた頭おかしい。マンキューにいくら費やしたと思ってんだw アンリミにも入ってるし。)