深圳に行ってる秋田先生の投稿がとても刺激的で面白い。新しく出来た深圳の科学館、自動運転タクシー、スタートアップの超楽しそうな開発現場訪問、展示会で見る新技術、書店、最新の開発ガジェットお試しから街の変化の様子や車中泊みたいなホテル等々まで。
一例:
深セン科学技術館(おかわりのおかわり)。日曜なので、ちびっこがもりもり。例のグラフ理論の体験ももりもりやってる。#SZdiary pic.twitter.com/qzBj0gDv3A
— akita11/JunichiAkita (@akita11) 2025年9月14日
この科学技術館がすごく良い。今回秋田先生は3回くらい行ってるんだけど、初回のことをNoteに書いてる:
グラフ理論から巡回セールスマン問題経由でスマート物流に繋げるとか、数学も技術もわかってるキュレーターがしっかり予算をもらって作り上げてるとしか思えない。めちゃめちゃ進んだ展示。
いま中国は全体的に科学に注力し、科学に詳しいリーダー層が政策を決めて、あらゆるレベルで実行してる。
ソーラーパネルやバッテリーやEVはいま中国が世界で一番進んでるし研究投資も世界一おこなわれてる。原子力技術も自前でどんどんやってるし、ロケットもロシアのコピーから脱却して定期的な有人宇宙飛行どころか火星までやってる。すごすぎ。
また、ソーラーやバッテリーの政策投資の方向性を見てると、政府が市場を非常によく理解してることがよくわかる。
たとえばいま、ナトリウムイオン電池が立ち上がりつつある。ナトリウムイオン電池はエネルギー密度が明らかに低いんだけど、三元系バッテリーと違って資源制約がなく、LFPと違って-40℃〜80℃まで普通に使え、製造技術の発達に伴いどこまでも安価になれるので、性能向上がうまく行けば素晴らしい社会要素になる。
これが最近実用化され、この春にEVに初めて搭載されたというニュースが来た…と思ったら、1ヶ月後にはAliexpressで売ってるのを見つけた。アリエクで売られてるということは工場で爆速量産して検査落ち品がどんどん出てるという意味。速すぎる!!!
しかもしかも。春から売られたのは実用化第一陣と思われる70Ah級のセルなんだけど、夏からは3倍容量の200Ah超級が売られるようになった。
さすがに3ヶ月で70Ahのラインへの投資が回収されてるはずはない。まだナトリウム電池の安価さは発揮されてないから儲かってるはずもない。
それでも新世代が出てくるのは、もう前倒しでデカい電池を作るラインに投資できちゃってるということ。投資できるのは、政府の蓄電プロジェクトで使われまくるようになったから。容量単価を下げれば勝てるとわかっているならどんどん投資すべきなのだ。
こうしたことから、政策投資がめちゃめちゃ適切で多額である、ということがよくわかるわけ。なんだかんだと複雑にしちゃったり新規開発物に完璧を求めたりハックされて変な使われ方をしても修正できない日本のそれとはだいぶ違う。
「科学とカネ勘定は人生の両輪」
というのはオレのキャッチフレーズの中でもよく使う、まあまあよく出来たやつのひとつ。科学は自然を理解することであり、カネ勘定は人間社会を理解することである。人生をよく生きるには両方が必要だ。
そして、中国はまさに科学とカネ勘定のわかってる国になってるなー、と思う。『秘密国家ICE』かよってレベル。
それでもオレは中国に住みたいとは思わないんだよね。やっぱり政府が怖いから。
中国嫌いとかではぜんぜんない。むしろ、日本よりよほどみんなが好き勝手にやってる、「上に政策あらば下に対策あり」の社会であることはよく知ってる。
10年くらい前までは何度も香港・深圳あたりに行った。広州で街中のロータリーを流れるクルマたちを眺めてたところに現れたEVリアカー(手作り。おじさんがハンドル部にぶら下がってジャンプしながら爆走してた)を見たときは、こういうのがOKなら生きてられるなあ、と強く思った。
でも、オレは不用意な真実を言わないと気が済まない人間であり、あの政府と仲良くやるという感じがもう、どうにも耐え難いんだよね。アシモフの自伝に、ヒトラーと握手したフォン・ブラウンの手と握手したくないから宇宙関係の魅力的なイベントに招聘されるのを断る話があったと思うけど、そういう感じがある。アシモフよりはだいぶスケールの小さい話だが。
政策にはクレバーに対策し、したたかに生きる。それが中国での正しい生き方だ。でもオレはしたたかに生きるより、愚かに見たもの全部を叫んでいたい。しかも本質にのみ興味があるから、すごくアカンことを叫びたい。このタイプの人間に今の中国は無理である。必ずやらかす自信がある。
それじゃあ…キャッチフレーズの方をいじって、
「科学とカネ勘定と言論の自由は人生のトリニティ」
と変更するのはどうだろう。
…いや、キャッチフレーズなのに聞いてすぐ理解できないのは駄目だ。むしろ完全に意味不明になってる。アカンw
ただこれ、もうちょい根本的に考えると、変える必要はないのではないか。
科学のプロセスって民主制のプロセスそのものだ。科学と民主制は精神的に同じものであるというのは、オレの持論である。つまり、科学の成果だけを使って共産党独裁をやってる中国は「科学を理解してる国」ではあっても「科学の国」ではありえない。
じゃあいいや。キャッチフレーズはこのまま。
