7回打てる注射器 vs. マニュアル役人

このニュース。

www3.nhk.or.jp

"市は、通常、1つの容器で可能な接種回数は5回から6回ですが、7回接種できる注射器を入手するなどして効率的にワクチン接種を進めた結果、予定よりおよそ8400回分、多く接種できたとしています。"

5回を6回に増やせる注射器というのは聞いてたけど、7回とは? メーカー想定の1.4倍に増やせるってことがあるの?? 無理やりな歩留まり勝負???

とか思ったんだけど、経緯を調べてみたら違ってた。

まずは2月のこのニュース:
ファイザーワクチン1瓶の接種6回→5回 注射器の問題
https://www.asahi.com/articles/ASP2964BNP29ULBJ00Z.html

"厚労省によると、ワクチンは原液が瓶に入っていて、生理食塩水で薄めて使う。接種の際は瓶に注射器を刺し、決まった量を吸い上げる。同社から1瓶につき6回分とれると伝えられていて、1月にあった自治体向けの説明会でも同様の説明をしていた。

 だが、6回分をとるには特殊な注射器が必要だと判明。国内で確保している注射器を確認したところ、大多数は針や注射器の中にワクチンの液体が残るタイプで、5回分しかとれないことがわかった。厚労省は特殊な注射器の確保を進めている。"

つまり、もともとファイザー側では6回という前提で売ってるものを、国内確保注射器の都合で2割引きにしますよと言い出したらしい…アホいw

注射器よりワクチンの方がはるかに希少な資源なのは明らかで、こういう都合で「1瓶5回分」という説明をまかり通らせていたとは驚きだ。さすが厚労省

それで実際の容量を見てみた。添付文書によると、ひと瓶あたり0.45mlの薬液を、1.8mlの生食で希釈し、0.3mlずつ打つことになっているようだ。2.25mlの注射液が出来るから、6回打つと使用量1.8ml。無駄は0.45mlである。

このとき死腔率は0.45/2.25=20%となる。非常に少量で表面張力効果が出てくる液体と考えても、十分なマージンを考慮した見積もりだろう。

これを5回しか打たないとなると、0.75/2.25=1/3も無駄になる計算で、メーカー側も怒りだしそうな無駄マージンではないだろうか。

実際にはどんな事が起きたか。

まず、インスリンの皮下用注射器を活用した7回接種が登場した。

www.asahi.com

ただしこのインスリン注射器は皮下注射用のため針が短く、皮下脂肪が厚い人には打てない。そして皮下脂肪が厚いかどうかはエコー検査で事前に測る必要があるので、非常に大きな手間が発生する。まさにワクチンが非常に希少な資源であるという認識により登場した措置だ。

このため、針の長さを筋注用に改めたバージョンを、テルモニプロが即座に開発・量産した。石垣市のものはこれらだろう。なるほどと思った次第である。

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余談だけどこれ、接種の際の「誤差」ってどのくらい見込まれてるんだろう。

早い段階の治験では、薬液の量をいろいろと変えてみて、高い薬効が安全に出る量を決定し、その量を次の治験で使用して…ということをする。コミナティ筋注でも同じことがされているはずで、2倍量や半量よりも今の量の方を使うのは、誰にでも十分な効果が期待できつつも無駄が少ない量であることがわかっているからだ。

しかし、安全に効果が出るということは、量-効果カーブの向上が非常にゆるやかに、おおむね平たくなったところを使っているのではないか。量を1割減らした場合、どのくらい効果が落ちるのだろうか。「ちょっと薄めすぎちゃった場合」なども勘案し、多めに入れてあるはずだが、どのくらい薄めすぎる場合を想定しているのだろうか。

というのはこれ、生理食塩水をほんの1割多く入れるただけで、1.98+0.45=2.43mlになるんだよね。無駄のない注射器なら「8回」打てそうではないかw

いまの日本ではもう希望者はかなり打ちやすい状況になっていて、そこまで歩留まりにこだわる必要はないかもしれない。

そして歩留まり向上が目的化すると、日本人はすぐ危ない領域に行きがちなのも確かだ(「9回」打つとかね)。マニュアル遵守はそうしたムチャクチャな運用を防ぐには重要ではある。

しかしながら、マニュアルだけに頼り、中身を知らないのも危険だ。なぜなら、マニュアルに書いていないことを判断しなければならないときに必要な常識が、マニュアル遵守のみを習慣にしていると、まったく得られないからだ。

マニュアル遵守絶対の「能吏」タイプの管理職に、マニュアルから外れた対応を求められた途端に精神主義のムチャクチャな目標を立てて職場を一挙にブラック状態に持っていく人がわりにいるのは、実態を知ることよりもマニュアルの細部に精通することで仕事をしてきたからである。

文明とは個人の能力の絶え間ない向上であり、それを活かしてみんなで前進するには:

自分がしていることを理解している大人のやることを、杓子定規に縛ってはならぬ

が絶対的に重要だ。

日本の役人は、これがぜんぜんわかってない。決まってないことでも決まりの中に押し込めようとする。

これを直せるのは政治だけであり、復帰後の自民党が人事システムをいじり、政治優先型になったのは、だから良いことである。

問題は、それを正しく使うのを最初から放棄してることだ。